私が最初に転職を意識したのは、入職して2年目のことでした。総合病院での経験を積む中で、「このまま続けるのか、別の道を探すのか」という問いが頭から離れなくなっていたんです。

転職サイトに登録してみたものの、何を軸に求人を探せばいいのか全くわかりませんでした。給与なのか、専門性なのか、それとも管理職を目指したいのか——優先順位が整理されないまま、求人を眺めるだけで時間が過ぎていきました。結局その時は転職に踏み切れず、「また来年考えよう」と先送りした記憶があります。

今振り返ると、あの頃の自分に一番必要だったのは「情報」でも「勇気」でもなく、「自分が転職で何を変えたいのか」という軸の整理だったと思います。それさえあれば、行動のスピードも判断の精度も全然違っていたはずです。

「動いた方がいいのは分かっている。でも、どう動けばいいか整理できていない」——もし今あなたがこの状態なら、不満が足りないわけでも、やる気がないわけでもありません。ただ、判断の材料が揃っていないだけです。この記事では、行動に移る前に整えておきたい3つの軸と、強みが見つからないときのシンプルな自己整理のやり方を紹介します。

「何がしたいか」より「自分に合っているか」

転職エージェントに登録する、求人サイトを見始める——その前に、ちょっと立ち止まってほしいことがあります。

「何がしたいのか」を考えることは大事ですが、実はそれより重要なのが「自分に合っているのか」を知ることです。この二つは、思いのほか別の軸で動いています。人間の「やりたい」は環境や気分で変わりますが、「何に向いているか」という適性は、意外と一貫性があるんです。だからこそ、求人を見る前に自分の棚卸しが要ります。

それに、セラピストは日頃から評価・計画・実施を丁寧に積み重ねている分、自分のキャリアのことになると慎重になりすぎる傾向があります。情報を集めすぎてしまう。判断ポイントが多くて迷いが増える。今の職場の状況だけで比較してしまう。こうした「立ち止まりやすさ」は多くの人が陥る自然なことなので、まずそこを知っておくだけでも気持ちはずいぶん軽くなります。

私が決断できたのは「3年後がイメージできない」と気づいた瞬間でした

「動いた方がいいのはわかってる。でも、なかなか踏み切れない」——この感覚、私にも覚えがあります。

20代後半の頃、訪問リハから回復期への移行を考えていた時期がありました。「今の職場で積んだ経験が無駄になるのでは」「新しい環境で通用するだろうか」という不安が、何度考えても消えなかったんです。転職サイトを開いては閉じる、という繰り返しが半年以上続きました。

決断できたのは、「今の職場での3年後の自分のイメージが、全く湧かない」と気づいた瞬間でした。不安が消えたわけじゃない。ただ、「動かない理由」より「動く理由」の方が重くなったんです。あの半年間があったから今の自分がある——とは思いますが、もう少し早く整理できていたら、もっと違う選択肢が見えていたかもしれません。

そのとき足りなかったものを言葉にすると、次の3つに整理できます。

行動の前に整えておきたい3つの軸

① 経験の棚卸し

セラピストの経験は、単なる「症例数・単位数」では語れません。施設形態・介入領域・担当業務・役割など、積み重ねてきた内容によって方向性が大きく変わるので、同じ年数働いていても、評価されるポイントや活かせる強みは人によって全く違います。

具体的には、次のような問いかけから始めてみてください。

  • 直近3年で、どんな患者さん・利用者さんを担当してきたか(年代・疾患・生活背景など)
  • 自分が中心となって動いた場面はあったか(新人指導、業務改善、多職種との調整など)
  • 他のスタッフに「あなたに頼みたい」と言われた仕事は何か
  • 加算や売上など、職場の成果につながった取り組みはあるか

紙に書き出してみると、「自分はこういう経験を積んできた人間なんだ」という実感が生まれます。それが、求人票を眺めるときの「自分軸」になります。

② 自分の強み・価値観

ここが曖昧だと、すべての求人が「良さそう」に見えてしまいます。価値観を明確にするには、次の3つを書き出してみるのが効果的です。

  • 職場で感謝された場面(どんな言葉をもらったか)
  • 苦にならない業務(他の人が面倒と感じていても、自分はそれほど苦じゃないこと)
  • やりがいを感じた瞬間(達成感・充実感を覚えた具体的な場面)

あわせて、逆側も見ておくと精度が上がります。「何が苦痛か」です。人間関係なのか、書類業務なのか、数字や売上を意識する働き方なのか。ここはありのまま思い出してみてください。向き合うことで、本当に避けたい環境が見えてきます。

この整理ができると、「給与が高ければどこでもいい」「なんとなく雰囲気が良さそう」ではなく、「この職場なら自分の強みが活かせそう」という選び方ができるようになります。これはわがままではなく、自分の力が最も発揮される環境を選ぶための準備です。

③ 市場価値

3つ目は、「採用側が評価するポイント」を理解しておくことです。職場が抱えるニーズによって評価は微妙に変わりますが、共通して重視されやすいのは、どの領域の経験が何年あるか、幅広い疾患を担当してきたか、多職種連携の質、そして収益の底上げにつながるような経験があるか、といった点です。

市場価値の確認は、難しく考える必要はありません。まずは複数の求人サイトで「自分の職種・経験年数・得意な領域」を入力して検索してみる。それだけでも、「こういう経験を持つ人が、どのくらいの給与帯で、どんな施設に求められているか」の感覚が掴めます。ハローワークの職業別求人・求職状況を見れば、職種や地域ごとの求人動向も確認できます。

給与水準の目安としては、厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」で、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・視能訓練士を合わせた区分の平均が、月給約31万円・年間賞与約72万円(年収換算でおよそ440万円台)と公表されています。職種ごとには分かれていない統計ですし、施設形態や地域、経験年数でかなり幅が出るので、あくまで「自分の現在地を測る目安」として見てください。今の年収がこの水準とどれくらい離れているか、10年後・20年後にどの立場で働いていたいかから逆算すると、伸びしろが見えやすくなります。

強みが見つからないときは「動詞」で言い換えてみる

ここまで読んで、「そうは言っても、自分の強みなんて思いつかない」と感じた方もいると思います。自己整理と聞くと「強みを見つけなければ」と身構えてしまいますが、強みという言葉は少し重たいんですよね。見るべきは特別な才能ではなく、日々当たり前のようにやっていることです。実は、その土台をあなたはもう持っています。

ポイントは、見ている視点を少しずらすこと。たとえば「人を診ている」は「人の動作・行動を見ている」と言い換えられます。「身体を評価している」は「生活の困りごとを整理している」、「訓練している」は「できるようになる過程を把握し、支えている」。こう言い換えてみると、自分がしていることは臨床という枠だけのものではない、と気づけるはずです。

やり方はシンプルです。最近の1日を思い出し、していることを動詞で書き出す。それを別の言葉に言い換えて、横に小さく気持ちを添える。これだけで十分です。

していること(動詞)言い換えると気持ち
観察する行動を見る嫌いじゃない
説明するわかりやすく伝えるわりと得意
調整する間をつなぐ意外と苦ではない

私の場合、このワークで見えてきたのは「気づく力」でした。恥ずかしい話、専門的な動作観察・分析が得意なわけではなくて、患者さんや上司・部下の些細な変化に気づくことの方が強みだったんです。相手が何を感じ、何を考えているのか。そこに気づいて先回りしてアプローチしたり、事後の対応を適切に行ったりしてきた経験が、今の仕事につながっています。

書き出した言葉は、求人を探すときの検索ワードにもなりますし、職場の信頼できる先輩に話してみる材料にもなります。「あ、自分ってこういうこと好きなんだ」という小さな気づきで十分です。完璧に整理できなくても構いません。

3つの軸が整うと、求人の見え方が変わる

経験・価値観・市場価値。この3つが整理できると、求人の見え方が変わります。「この職場は自分の経験を活かせるか」「年収を上げたいなら、どの経験を積むのが効果的か」「今動くべきか、もう少し経験を積むべきか」——こうした判断が自然とできるようになり、感覚で選ぶ転職から、根拠を持って選ぶ転職へと変わっていきます。

転職は勢いで進める必要はありません。大切なのは「判断できる状態にしておくこと」。焦らなくていい。でも、少しずつ整理を進めていく。そのくらいのペースで十分だと思います。この整理は転職の準備であると同時に、今の職場での動き方を見直すヒントにもなるので、どちらに転んでも損にはなりません。

■ たこすの現場経験から

施設運営やエリア管理に関わるようになってから、今度は採用する側として面接に入る機会が増えました。そこで実感したのは、自己整理ができている応募者は、話す言葉が具体的だということです。「どんな患者さんを担当し、どんな役割を担い、なぜこの職場を選んだのか」が一本の線でつながっている。経歴が華やかかどうかより、その線が見える人の方が、正直印象に残ります。

逆に、整理をしないまま転職活動を始めると、必ずどこかで判断に詰まります。入職2年目の私がまさにそうでした。求人サイトを開いては閉じ、給与を見ては迷う。あの数ヶ月の迷走の原因は、情報不足でも勇気不足でもなく、自分の「強み・やりたいこと・外せない条件」を言語化していなかったことだったと、今では思います。

だからこそ、動き始める前にまず自分の内側を整えること。遠回りに見えて、これが後悔のない選択への一番の近道だというのが、両方の側を経験した私の実感です。

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たこす
理学療法士・介護支援専門員。総合病院を起点に、デイサービス・訪問リハ・回復期・施設運営・エリアマネジメントと、約20年にわたりリハ職としてのキャリアを積んできました。 専門領域での偏りに悩んだ20代、役割が急に増えた30代、そして40代を迎える今も "働き方を磨き続けること" をテーマに日々試行錯誤中。 現場だけでなく、新人育成・職場の役職・施設管理者・エリアマネジメントなど "横のキャリア" にも触れてきたことで、一般的なセラピストの道とは少し違う視点を持つようになりました。 だからこそ今、キャリアに迷うあなたにとって「少し先を歩く人」として、気づきを届けられることがあると感じています。